放射性物質による海洋汚染の問題が明らかになった時ですが、汚染の事実と同時に、政府関係者の相次ぐ無責任な発言が、国際世論を刺激し、大きな反発を浴びた事は、皆さんのご記憶にも新しいと思います。
そして結果として、汚染物質流失の経緯等の問題点や分析、対策等への説明責任は、現在、日本政府の事実上の国際公約となっており、議会の持つ強力な調査権の行使とともに高い優先度を持って早急に処理される事が期待されています。
従って、このブログでは、それ以外の話題、日本型組織の問題点について議論したいと思います。
というのも、今回の政府関係者の発言が、端無くも、日本型組織の問題点を如実に表しているように見えるからです。
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2013年9月19日木曜日
2013年9月14日土曜日
OCEB講座 第30回 日本型組織と海洋汚染問題 その1
今から30年ほど前、筆者が大学生だった頃ですが、精神科医の故土居健朗先生が著された「甘えの構造」と言う書物が学生たちの間でベストセラーになったことがあります。
当時、筆者が通っていた大学の生協でも長い間 ーたぶん1年間以上ー この書籍が売上げトップの地位をキープしていました(当時、大学生協の店舗には書店ごとの書籍の売上げランキングが毎週貼り出されていました)。
「甘え」という日本では極めて一般的な単語が、西洋語では日常語としては存在せず意識の表層には現れて来ない概念である、という指摘が、当時の学生には大きな驚きでした。
日本人は、通常「甘え」という感情には極めて敏感であり容易に気づく事ができ、また日本人社会はその「甘え」を受入れ人間関係の構築の上でもよく利用しています。
しかしながら、「甘え」と言う言葉が西洋の日常語に存在しないからと言って、その感情が全くないわけではなく、幼児期などには当然あるわけですが、成長するにつれ他者依存を捨て自己自立を促すように躾けられ教育されて「甘え」の感情が抑圧された結果、意識の表層から消えてしまうようです(詳しくは、土居先生の著作を参照)。
従って、日本人の甘えの関係(甘え合う相互依存の関係)は、往々にして西洋人の目には非常に子供っぽく映るようです。
また、同じ日本人であっても、「甘え」の受入れ度合いは、かなり異なるようになって来ました。とくに、世代差が大きいように思えます。
これは、戦後、海外の映画やテレビドラマ、ポピュラー小説などがどんどんと国内に流入し、また、西洋人と日常的に交際する必要がある日本人達が増えて来ているためで、西洋人の自己の自立を良しとする文化の影響を多かれ少なかれ被って来ています。
筆者が新入社員だった頃を思い返すと、社内で、いい歳をしたオジサンやジイサン達(新入社員から見ると、五十代以上はジイサンに見えました)が 甘え合っている姿を見て気色悪いなと思っていましたが、今や、我々の世代が、若い人から見ると、そう言う風に映るようです。
筆者は職業柄、若い人とコミュニケーションをとる場面が多いのですが、若い世代は我々の世代以上に自立した人間関係のほうがクーゥ(Cool:カッコいい)と感じているようです。
しかしながら、若者や筆者を含め多くの日本人は「甘え」の関係の美点、良さも認めています。
「甘え」の関係は、日本社会の美質の1つと言っていいでしょう。
筆者は1年ほど前に原発事故の話を連続してこのブログで取り上げた事がありますが、最近しないのは、興味がなくなったわけではなく、報道されている情報がどの程度真実を伝えているのかおおいに疑問であり(この疑心暗鬼は、国内だけではなく海外を含む多くの人々に共通するものであり、いわゆる風評被害の根本原因の1つだと思います(悪い風評は海外にも広く伝わっています))、筆者のような一般人が想像力を逞しくして語るべき話題ではないと判断したからです。
しかしながら、先日、汚染水が海洋に流出していると言うニュースが世界中を駆け巡りました。
技術的問題とは別に、日本人には原発問題の管理責任能力があるのか? 事実をもとに科学的にマネジメントを行なう能力があるのか?と言う強い疑いの声さえ耳にするようになって来ました。
従って、今回は日本型組織の管理責任能力について述べて行きたいと思います。
次回に続く
当時、筆者が通っていた大学の生協でも長い間 ーたぶん1年間以上ー この書籍が売上げトップの地位をキープしていました(当時、大学生協の店舗には書店ごとの書籍の売上げランキングが毎週貼り出されていました)。
「甘え」という日本では極めて一般的な単語が、西洋語では日常語としては存在せず意識の表層には現れて来ない概念である、という指摘が、当時の学生には大きな驚きでした。
日本人は、通常「甘え」という感情には極めて敏感であり容易に気づく事ができ、また日本人社会はその「甘え」を受入れ人間関係の構築の上でもよく利用しています。
しかしながら、「甘え」と言う言葉が西洋の日常語に存在しないからと言って、その感情が全くないわけではなく、幼児期などには当然あるわけですが、成長するにつれ他者依存を捨て自己自立を促すように躾けられ教育されて「甘え」の感情が抑圧された結果、意識の表層から消えてしまうようです(詳しくは、土居先生の著作を参照)。
従って、日本人の甘えの関係(甘え合う相互依存の関係)は、往々にして西洋人の目には非常に子供っぽく映るようです。
また、同じ日本人であっても、「甘え」の受入れ度合いは、かなり異なるようになって来ました。とくに、世代差が大きいように思えます。
これは、戦後、海外の映画やテレビドラマ、ポピュラー小説などがどんどんと国内に流入し、また、西洋人と日常的に交際する必要がある日本人達が増えて来ているためで、西洋人の自己の自立を良しとする文化の影響を多かれ少なかれ被って来ています。
筆者が新入社員だった頃を思い返すと、社内で、いい歳をしたオジサンやジイサン達(新入社員から見ると、五十代以上はジイサンに見えました)が 甘え合っている姿を見て気色悪いなと思っていましたが、今や、我々の世代が、若い人から見ると、そう言う風に映るようです。
筆者は職業柄、若い人とコミュニケーションをとる場面が多いのですが、若い世代は我々の世代以上に自立した人間関係のほうがクーゥ(Cool:カッコいい)と感じているようです。
しかしながら、若者や筆者を含め多くの日本人は「甘え」の関係の美点、良さも認めています。
「甘え」の関係は、日本社会の美質の1つと言っていいでしょう。
海洋汚染問題について
ところが、この「甘え」の関係も、美点ばかりではありません。筆者は1年ほど前に原発事故の話を連続してこのブログで取り上げた事がありますが、最近しないのは、興味がなくなったわけではなく、報道されている情報がどの程度真実を伝えているのかおおいに疑問であり(この疑心暗鬼は、国内だけではなく海外を含む多くの人々に共通するものであり、いわゆる風評被害の根本原因の1つだと思います(悪い風評は海外にも広く伝わっています))、筆者のような一般人が想像力を逞しくして語るべき話題ではないと判断したからです。
しかしながら、先日、汚染水が海洋に流出していると言うニュースが世界中を駆け巡りました。
技術的問題とは別に、日本人には原発問題の管理責任能力があるのか? 事実をもとに科学的にマネジメントを行なう能力があるのか?と言う強い疑いの声さえ耳にするようになって来ました。
従って、今回は日本型組織の管理責任能力について述べて行きたいと思います。
次回に続く
ラベル:
OCEB講座,
原発事故に対するシステム工学の視点
場所:
日本, 神奈川県鎌倉市長谷
2013年9月9日月曜日
SysMLの組織展開 その3
暑かった夏も終わり、朝夕は随分涼しくなって来ました。
OMGからOCSMPのモデルユーザー資格試験が日本語でリリースされた事を記念して、OCSMP対策講座を予定しております。
ご興味のある方はふるってご参加ください。
詳しくはこちら
というのも、システムは人間系を除けば、ハードウェアとソフトウェアから構成されますが、最近の開発では両者の開発の問題は急激にその類似性を深めて来ており、また開発プロセスも密着不可分の関係になって来ています。
例えば、問題の解決のためにあるモジュールに変更を加えたとしましょう。
幸いにも変更の程度は軽微でした。
さて、その変更の影響はどうでしょうか?
変更が軽微だからといって、影響も軽微であるとは言えない事は、読者諸賢の過去の暗い/痛い経験からもお分かりの事だと思います(失礼!)。
そこで影響を調べる上で、その調べるべき範囲を調べる事になります。
まず変更が加えられたモジュールと直接関係するモジュール群を調べるのは当然として、さらにそのモジュール群と関係するモジュールへの影響はどうでしょうか?
そして、さらにそれらのモジュールと3次的に関係するモジュールは?4次的、5次的な影響は?と言う風に範囲は連鎖的に広がって行きます。
小さいシステムの場合は良いとして、大きなシステムで膨大な量のコードを人手で追いかけて行くとなると「冗談は佳子さん(<注>佳子は”よしこ”と発音)」と言う事態に陥ってしまい品質の確保が難しくなって行きます。
そこでツールを使用して影響範囲を調べる事になります。
人手でやると相当な時間がかかる作業もコンピュータだとあっという間に正確に処理されます。
実際、モデリング導入の成果として得られる品質や生産性の向上は、このツールの使用に負う所が非常に大きいのです。
またモデリング言語自身もツールで使用する事を大前提として設計されており、 ツールとのコラボレーションによってその威力を発揮します。
また複雑なシステムではソフトウェア開発とハードウェア開発プロセスのコラボレーションが必要になって来ます。
最近の研究では、価値を生み出すのはプロセスであると考えられています。
ツールとプロセスはマネジメントとして重視すべき項目である事は論を待ちません。
OMGからOCSMPのモデルユーザー資格試験が日本語でリリースされた事を記念して、OCSMP対策講座を予定しております。
ご興味のある方はふるってご参加ください。
詳しくはこちら
教訓 2 ツールとプロセスがむしろ本質的な問題である。
モデリング・ツールの例として、ソフトウェア開発の例を挙げてみましょう。というのも、システムは人間系を除けば、ハードウェアとソフトウェアから構成されますが、最近の開発では両者の開発の問題は急激にその類似性を深めて来ており、また開発プロセスも密着不可分の関係になって来ています。
例えば、問題の解決のためにあるモジュールに変更を加えたとしましょう。
幸いにも変更の程度は軽微でした。
さて、その変更の影響はどうでしょうか?
変更が軽微だからといって、影響も軽微であるとは言えない事は、読者諸賢の過去の暗い/痛い経験からもお分かりの事だと思います(失礼!)。
そこで影響を調べる上で、その調べるべき範囲を調べる事になります。
まず変更が加えられたモジュールと直接関係するモジュール群を調べるのは当然として、さらにそのモジュール群と関係するモジュールへの影響はどうでしょうか?
そして、さらにそれらのモジュールと3次的に関係するモジュールは?4次的、5次的な影響は?と言う風に範囲は連鎖的に広がって行きます。
小さいシステムの場合は良いとして、大きなシステムで膨大な量のコードを人手で追いかけて行くとなると「冗談は佳子さん(<注>佳子は”よしこ”と発音)」と言う事態に陥ってしまい品質の確保が難しくなって行きます。
そこでツールを使用して影響範囲を調べる事になります。
人手でやると相当な時間がかかる作業もコンピュータだとあっという間に正確に処理されます。
実際、モデリング導入の成果として得られる品質や生産性の向上は、このツールの使用に負う所が非常に大きいのです。
またモデリング言語自身もツールで使用する事を大前提として設計されており、 ツールとのコラボレーションによってその威力を発揮します。
また複雑なシステムではソフトウェア開発とハードウェア開発プロセスのコラボレーションが必要になって来ます。
最近の研究では、価値を生み出すのはプロセスであると考えられています。
ツールとプロセスはマネジメントとして重視すべき項目である事は論を待ちません。
ラベル:
SysML
場所:
日本, 神奈川県鎌倉市長谷
OCSMPモデルユーザー対策講座
- SysML - の資格試験であるOCSMPの受験コースを開催します。
OMG認定資格試験 OCSMPの入門レベルであるモデルユーザーの対策講座です。従来は2日で行なっておりましたが、講義時間を1日に短縮し、問題演習をE-ラーニング形式で行なう形式で行なう事になりました。
- 日時 次の2つのコースを現在予定しております。
- 11月29日(金) 10:00〜17:00 もしくは
- 11月30日(土) 10:00〜17:00
- 10月28日(月) 10:00〜17:00 もしくは
- 11月 2日(土) 10:00〜17:00
詳しい情報は、こちらまで(クリック)
2013年8月10日土曜日
SysMLの組織展開 その2
前回の続き
そして、その代わりに開発の品質が上がる事が広く知られています。
特にドキュメントの品質が劇的に上がります。
従って、開発後の保守コストや、システムの改訂に要するコストが下がり、最終的なTCO(Total Cost of Ownership)が下がる傾向があります。
このような性質から、モデリングをベースにした開発には向く分野、向かない分野があり、品質を重要視するシステム、たとえばミッションクリティカル、あるいはセーフティクリティカルなシステムや、変更が多いシステム等が向くと言われています。
ライフタイムが長いシステムが向くと言われていますが、ライフタイムが長くても変更が殆ど発生しないシステムもありますから、一概には言えません。
また、後述の理由から、複雑なシステムほどモデリング導入の効果は大きく、単純なシステムでは差が出ず割高となります。
教訓1. SysML、モデリングの導入は投資活動であり、技術の問題ではなく、マネジメントの課題である。
開発コストは増大する
SysMLに限らずモデリング技術を導入すると、一般的に言って、初期の開発コストはむしろ上昇します。そして、その代わりに開発の品質が上がる事が広く知られています。
特にドキュメントの品質が劇的に上がります。
従って、開発後の保守コストや、システムの改訂に要するコストが下がり、最終的なTCO(Total Cost of Ownership)が下がる傾向があります。
このような性質から、モデリングをベースにした開発には向く分野、向かない分野があり、品質を重要視するシステム、たとえばミッションクリティカル、あるいはセーフティクリティカルなシステムや、変更が多いシステム等が向くと言われています。
ライフタイムが長いシステムが向くと言われていますが、ライフタイムが長くても変更が殆ど発生しないシステムもありますから、一概には言えません。
また、後述の理由から、複雑なシステムほどモデリング導入の効果は大きく、単純なシステムでは差が出ず割高となります。
2013年8月5日月曜日
SysMLの組織展開 その1
![]() |
| 鎌倉アルプスから稲村ケ崎、相模湾を遠望す |
登ると言ってもせいぜい100メーターちょっとの山であり、筆者の自宅からも見える裏山みたいな近場ですので、いつでも行けると思ったままずっと行かなかったのですが、とうとう意を決して登って来ました。
低い山ですが、登ればそれなりに発見もあります(注:あくまでも、筆者にとっての発見です)。
一体に鎌倉周辺の山には古道の痕跡が多く見られますが、鎌倉アルプスも例外ではなく、道の痕跡が、地形や場所によっては石造物の残骸として残っています。
日本の山道は気候や植生のせいで、あまり歩かれなくなると途端に ーせいぜい数十年のうちにー 樹木や草に覆われて完全に歩けなくなってしまいます(つまり、道でなくなってしまいます)が、地形としては結構長く残っている場合があります。
一説には、鎌倉時代、いわゆる鎌倉七口以外に、大倉幕府方面からこの鎌倉アルプスを直登し、直接奥州へ向う街道があったのではないかと言われていますが、山路を歩いていると何と無くその説に説得力を感じます。
源頼朝の時代、奥州平泉の藤原氏を倒したのち、現在の二階堂の地に、戦死者の怨霊を鎮め冥福を祈るために、平泉の中尊寺を模した永福寺を建立したと言われていますが、頼朝の館である大蔵幕府から見て、永福寺は奥州と同じ方向、東北方向であり、先ほど述べた幻の奥州街道の入り口付近に位置します。
SysMLの組織内展開について その1
最近、社内にSysML、あるいはモデリング技術/文化を導入しなければならなくなった、という話をよく耳にするようになりました。
聞くとたいてい顧客や提携先(それらの多くは海外勢)の要求らしく、ワラをもつかむ思いでしょうか、筆者も意見を求められたりします。
筆者も、モデリング業界 - そんな名称の業界があったとすればですが - に無駄に長く滞在してきましたので、国内外の成功や失敗に伴なう悲喜劇に立ち会う機会があり、本日はそれらの中から日本企業が陥りやすい問題を教訓の形でまとめて、書いていきたいと思います。
教訓1. SysML、モデリングの導入は投資活動であり、技術の問題ではなく、マネジメントの課題である。
開発コストは増大する
2013年6月1日土曜日
OCEB講座 第29回 Why BPM? グループシンク
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| 東慶寺 |
この寺は江戸時代まではずっと尼寺であり、別名、縁切寺、駆け込み寺とも呼ばれ、数少ない女人救済の寺でした。
グループシンク(集団思考)
前回はノモンハン事件について書きました。
日本軍内部の精神論者は、現代の視点で見ると、かなり異常性を帯びているのですが、その絶対的な勢力は終戦まで揺るぎませんでした。
異常性の一例を挙げると、ノモンハン事件の際、兵の無意味な損耗を避けるために、部隊を撤退させた連隊長が何人かいたのですが、彼らはその撤退の判断を責められて自決させられています。
そして撤退を否定された以上、 日本兵は前に進むしかなくなり、敵が待ち構えている事がわかっている戦場へ突進し敵軍の格好の標的となって全滅する、と言うプロセスを繰り返すことになります。
ちなみに、なぜ全滅したかと言うと、日本兵は生きて捕虜となる事を恥辱と教え込まれていたので降伏せず死ぬまで戦ったからです。
ノモンハン事件が終わり、勝利したソ連軍の将軍はモスクワに戻った後、スターリンに対し日本軍について次のように報告しています。
「日本軍の下士官は頑強で勇敢であり、青年将校は狂信的な頑強さで戦うが、高級将校は無能である。」
この高級将校が無能と言う評価は、大東亜戦争を通して日本軍と戦った連合国軍側の将兵にある程度共通する認識ですが、残念ながら現代の日本人から見ても、否定はできません。
むしろ後世から見て、彼らの無能さは「滑稽なほど無能」と言う形容さえ似合うほどひどいものに映ります。
その滑稽味は、彼らが信じていた根拠の無いーあるいは結果を生まないー思い込み(精神威力の効果などが代表的です)とともに、何度失敗しても事実を直視せず事実から学ぼうとしない頑な態度に大きく起因します。
日本軍の高級将校たちはいわゆるグループシンク状態に陥っており、異論を受け付けず、異論を唱える者を徹底的に攻撃しました。
ちなみに、このグループシンクと言う言葉は比較的新しい単語ですが(OCEBにも出題される可能性があります)、概念そのものは日本にも古来からありました。
戦国時代、日本の武士たちは、戦(いくさ)評定の際はいかなる発言も許され、撤退を含めどんな選択肢も、あるいは一見馬鹿げた可能性についても吟味し、事実に基づかない集団的な思い込みの状態(往々にして根拠の無い期待の状態)へ陥るリスクを回避しようとしました。
無能と評された日本の高級将校ですが、彼らは自分たちは決して無能だとは思っていなかったというのもグループシンクの特徴です。
以前紹介したインパール作戦の司令官は、作戦の失敗は自分の無能のせいではなく、部下が無能だったからだと言ってのけています。
現代を生きる我々にとって他山の石とすべき教訓です。
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