2014年2月10日月曜日

OCEB講座第36回 戦略眼の欠如の問題

新年 
 明けまして
  おめでとうございます

本年も、よろしくお願いいたします

近所の小さな神社に初詣に行って来たのですが、いつもひっそりとした境内が参拝の列ができるほど大にぎわいでした。
また翌日には、神戸の中心にある生田神社にも参拝したのですが、ここもすごい人出でした。
多くの日本人の心の中に、神社が大きな位置を占めている事の現れでしょう。
そして、コーヒーでも飲もうと思い、旧居留地(神戸港開港の際に外国人がすんでいた場所。いまの大丸百貨店のあるあたり)にあるスターバックスへ行く途中に、三の宮神社も通ったのですが(旧居留地や三の宮神社はかつて神戸村(かんべむら)があった場所で、言わば神戸(こうべ)と言う地名の発祥の地です)、そこにも願い事を書いた絵馬がたくさん奉納されており、その中には昔からある恋の願いや合格祈願などにまじって、「今年は正社員になれますように」と言うような絵馬が掲げられているのも昨今の日本の状況を示しているようです。

さて、神社で思い出したのですが、昨年末に日本の首相が靖国神社に参拝した事が国際的な話題になりました。
筆者は、国際政治など目に一丁字もなく、とやかく言う資格は皆無ですが、以前から触れていた日本型組織の問題の観点から見ても非常に面白い話題ですので、この場でちょっと議論してみたいと思います。

現代の日本の組織の問題と旧日本軍が抱えていた組織問題の相似性の観点、特にそのリーダーシップの問題は、かなり根強く残っています。
以前、このブログでも触れた「戦略目的と作戦目的の不一致の問題」 に関連して書くと、目的の不一致、あるいは戦略の曖昧性の問題は、もっと踏み込んで言うと『戦略眼の欠如』と言った方がより問題をストレートに表現しているように思われます。
と言うのも、戦略の不一致や曖昧性の問題が極めて甚だしく致命的なレベルに達しているにもかかわらず、当事者はそれを問題視する意識が著しくかけているからです。

なお、ここで言う戦略とは、戦術に対する戦略と言う意味で言っており、単なる計画と言う意味では使っておりません。