2018年4月28日土曜日

纏向遺跡にて その4 謎の5世紀

謎の5世紀
  雄略天皇の時代

前回のブログで、稲荷山鉄剣の銘文では、乎獲居臣(をわけのおみ)の時代から、尊称など(具体的には、臣(おみ)、大王(おおきみ)、宮(みや)など)の和訓が始まっていると書きましたが、この「をわけのおみ」が仕えていたとされる雄略天皇の治世には様々な変化が起こっています。

文章遺物 (金石文、木簡、紙)の状況


雄略期(5世紀後半)とその前後の時代の文章表現を示す遺物としては、稲荷山鉄剣以外にもいくつかの金石文が残されています。

紙モノの資料が残るのは、残念ながら、ずっと後の、古事記や萬葉集(8世紀初めごろ 奈良時代)からです。

では、木簡・竹簡のたぐいはどうか? と言うと発見状況は悪く、現在発見されて残っているものは、最も古いものでも7世紀中葉、飛鳥時代、蘇我氏などが活躍していた時代のもので、それ以前の古いものは発見されていません。
数としては数十万点の木簡が発見されていますが、飛鳥、奈良から平安時代までの物が大部分で、内容は地方からの白米や鯛などの貢進物につけられた付札や帳簿と言ったたぐいの物が多く、すでに和訓だらけで、貴族階級だけでなく庶民階級にも和訓混じりの漢文の習慣が広まってしまっていることを示しています。
また、万葉仮名で書かれた和歌も見つかっています。

ちなみに、7世紀、飛鳥時代の固有名詞の表記は、例えば「県犬養三千代(あがた いぬかいの みちよ)」と言った感じで、現代でもいそうなナウい(死語失礼)和訓まみれの人名表記になってしまっており、「獲加多支鹵」とか「乎獲居」と言った風情のある表記はすっかり時代遅れになってしまっていたようです。(5世紀と7世紀の200年ばかりの間に名前の流行はすっかり変わってしまっています。)

5世紀前後の金石文

日本に残る5世紀前後に日本に残っている金石文を古い方から順に見てみましょう。
  • 七支刀 4世紀ごろ  
    • 奈良県の石上神宮に伝世
    • 百済で作られ倭に渡ったもので銘文には和訓はまったく含まれません。

  • 稲荷台1号墳出土の王賜銘鉄剣 千葉県 5世紀中頃か?(紀年なし)
    • 銘文は「王賜□□敬□ (安)此廷□□□□ 」(□は判読できない文字)だけで、極めて短く類型的な(決まり文句的な)表現であり、和訓はなく純粋な漢文として読めます。

  • 江田船山古墳出土の銀錯銘大刀 熊本県 5世紀中頃 
    • これは、先に紹介した稲荷山鉄剣(群馬県出土)と同時期のもので、「獲加多支鹵」などの人名表現があり、日本固有の名詞部分は表音表記で、役職名は和訓という表現様式は稲荷山鉄剣とまったく同じです。固有名詞以外はそのまま漢文として読めます。

  • 隅田八幡神社人物画像鏡 和歌山県 5〜6世紀 年代には有力な説が2つあります。
    • 1つ目の説は443年(5世紀中葉)で、雄略天皇が即位する約14年前で、もう一つはその60年後の503年(6世紀)です。
    • 鏡の銘文には和訓表現として、大王(おおきみ)、意柴沙加(おしさかのみや)、開中費(かわちのあたい)の3つが含まれており、稲荷山鉄剣や上記の江田船山古墳と同じ表現パターンです。ちなみに443年説では、「意柴沙加」は、雄略天皇の母親である皇后・忍坂大中姫を指す説が有力です。

  • 岡田山1号墳出土の大刀 島根県 古墳時代後期、6世紀?(紀年なし)
    • 出土後の保存状態が悪く、多くの文字が読めなくなっていますが、「額田部臣(ぬかたべのおみ)」と読める和訓部分が残っており、役職の「臣」だけでなく名前全部(氏名(うじめい)とカバネ(姓))が訓読みになっています。

  • 箕谷2号墳出土の鉄刀 兵庫県 7世紀(西暦608年)飛鳥時代 推古天皇の頃
    • 「戊辰年五月□」と言う年紀だけが読めるもので、和訓の普及の度合いを示す資料にはなりません。
また5世紀の日本の状況を示す中国側の資料では、いわゆる倭の五王の時代であり、413年〜478年の間に、讃、珍、済、興、武と名乗る謎の倭王5人が少なくとも12回中国に朝貢していますが、いずれも中国風の偽名であり、どこの誰を指すのか判然としません
日本側の上表文にも和訓は書かれず、中国側の資料にも登場せず純粋な漢文のみで交際していたようです。
以上のことから、現存する文章遺物を時間順に追っていくと、
  1. 5世紀中頃に和訓が登場してきている。初期の和訓は、大王、宮、臣、直などの王号、宮号、カバネ(臣、直)などに限られる。
  2. 6世紀には、カバネだけでなく氏(ウジ)も訓読みされる例が登場。Ex. 額田部臣
  3. 7世紀には、万葉仮名や名前までも訓読みされる例が登場。 Ex. 県犬養三千代
  4. 8世紀には、古事記や萬葉集が作られる。音訓が入り乱れ、何でもありの状況
と言う流れが浮き上がってきます。

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