どうもその発端は、政府がマスクを付けるように指導したところ、もとより不足していたマスクが、流通上の問題(買い占め、転売等)のために、市場から払底し、いくら増産しても最終の消費者に届かなくなったという問題に起因するようです。
つまり、ロジスティクス上の問題が発端だったようです。
これは、本部のロジスティクス計画に問題があったのか、あるいは計画の実行上に問題があったのか分かりませんが、どうも伝わって来る話の中で気になるのは、本部の人間(政府関係者)のロジスティクス軽視とも取れる発言です。
これは、現政権だけの問題か、あるいは官僚機構全般に見られる傾向なのか良く分かりませんが、兵站(ロジスティクス)軽視は戦前の日本軍の思考様式にもよく見られたもので、気になります。
さて、ロジスティクス、兵站はもともと軍事用語であり、武器・弾薬や食料・生活雑貨などを最前線の兵士達に送り届けることを意味しており、早くより最も情報化(IT化)が進んで来た分野の1つです。
そして、軍事から派生して、今では軍事分野以外にも、流通業、製造業など様々な分野で使われている言葉となっています。
しかし、筆者の経験では、海外では非常によく聞く言葉ですが、国内ではあまり聞きません。
これは、企業文化、組織文化の違いもあるでしょう。
昔、筆者は、アメリカの大型コンピュータ・メーカーでプロダクト・マネージャをやっていたことがあるのですが、そこでは毎日のようにこの言葉を聞いていました。
一例を上げると、プロダクトを発表し、注文が入って数カ月後、初出荷のタイミングが来たとします。
その時、出荷OKかどうかのチェックポイント会議が開催されるのですが、メンバーの一人として必ずロジスティクス部門の代表が出席します。
そして、そこでロジスティクスの代表がNOと言えば、出荷は止まってしまいます。
プロダクトマネージャ(以下PM)は、出荷ができないと製品の売上が計上できないので、大慌てでその問題を解決しようとします。
大体の場合、NOが出るのは、その部門だけでは解決できない問題が発生していることが多く、関係部署を集めて会議を開きます。
プロダクトマネージャ制に馴染みがない方のために書くと、ほとんどすべてのミーティングの議長はPMが行います。
そうした場合、IT企業では、往々にして、PMがメンバーの中で一番若かったり、社内格付で一番下っ端であったりするのですが、そういうことにお構いなく、決定はPMが行います。
なぜ、そういうことが可能かというと、1つにはプロダクト部門が予算を握っており、他の部門はプロダクト部門にサービスを売っている形になっている事が挙げられます。
PMに公式に決定する権限がなくても、最終の決裁権をもつ上級のマネージメントに、PMが「このように問題を解決したいと思います。」と報告すれば、それが恒久的な解決策になるかは別ですが、少なくとも応急処置的には認められることが多いことも挙げられます。
また、殆どありませんが、仮にあるマネジメントが会ってくれない、あるいは協力してくれない場合、そこでプロセスを止めてしまってはPM失格で、そのマネージャの上司に問題をエスカレーションします。
上級マネジメントほど、会社の売上げが立てられない問題に対し、オレは関係ないと無視できなくなります。
また、ミーティングのメンバーだけでは解決できないことが判明した場合、問題を更に上級のマネジメントにエスカレーションします。
言ってみれば、PMは他所の部門から見ると、お客さん側の有力な担当者の一人に見えるわけです。
ロジスティクスは、チェックポイント会議の重要なメンバーであるだけでなく、日常的なオペレーションでもPMとは関係が深く、ロジスティクス計画の策定にもPMは関与します(プロダクトのコストやサービス品質、販売戦略にも大きな影響があります)。
日本との比較で言うと、当時から日本は品質に非常に敏感で厳しく、80年代のアメリカ企業は品質に関しては発展途上で、その代わりロジスティックスには敏感だった言えます。
( 日本製品が世界に躍進できた大きな要因は品質だったと言われています。 )つまり、日本企業が品質に対してフォーカスするの一方、アメリカの企業はロジスティックスに対して注意を払っていたと言えます。
アベノマスクの例で言えば、マスクの品質の問題と、マスクの配布の問題に対する注意で、極論すれば、マスクの品質にうるさい日本と、マスクの配布にうるさいアメリカの対比となります。
もちろん、品質と配布は車の両輪のようなもので、どちらかが欠けても問題です。
民主国家の軍隊では、最前線の将兵の声が最も大きく、後方支援部隊はその満足度を最優先に計画実行するのに対し、製造業では最末端の消費者の満足度を最優先に行動する点で、トポロジー的に似ています。
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