2018年5月5日土曜日

グローバル化と英語 その5

パルテノン神殿
 前回は、ITやIT関連分野では英語が事実上の共通語になってきていると書きましたが、このような状況は、我々、非英語圏に属する国々にとっては、対応さえ適切であれば、決して悲観的に感じる必要はない事態だと考えます。
その根拠は、ある意味、過去の歴史です。
日本の過去のグローバル化、共通語、リンガ・フランカの経験は、漢字文化圏との遭遇だけであり、そして、人間同士の交流は極めて限定的で、かつ文字によるコミュニケーション、読み書きが中心でしたが、世界史的には、より強力で広範囲なグローバル化が何度か発生しています。

例を見て見ましょう。これは、現在のヨーロッパ文明に最も根源的な影響を与えたと言われている事例です。

新約聖書は最初何語で書かれたか?

キリスト教の旧約聖書の原典はユダヤ人の使うヘブライ語で書かれていたことはよく知られていますが、新約聖書の原書はいったい何語で書かれていたでしょうか?
キリスト教の始まった頃、イエス自身やその周りの信者たちは、ほとんどがユダヤ人であり、ヘブライ語やヘブライ語の後継言語であるアラム語(ヘブライ語との差は方言程度)をしゃべっていたと思われます。
また彼らが居住する土地、パレスチナ、カナンは当時ローマ帝国の支配下にありました。
したがって、新約聖書は、彼らが日常的に会話で使っているアラム語あるいはヘブライ語、もしくはローマ帝国の公用語であるラテン語で書かれていたと思われがちですが、実際は違いました。
実際の最初の新約聖書はギリシャ語で書かれていました。

ヘレニズム世界

紀元前4世紀、ギリシャ人が建国したマケドニア王国の王、アレクサンダー大王がギリシャを始めとして、小アジアやエジプトからイラク、イランの領域(すべて地名は現代の名称で表記)などを極めて短期間のうちに征服し、いわゆるアレクサンダー大王帝国を樹立しました。
この帝国内には、イスラエルの地域も含まれます。(下図参照)
The Empire of the Alexander the Great
この領域はヘレニズム世界と呼ばれ、様々な系統の様々な言語が話されていましたが、支配者層はギリシャ人達であり、帝国内の住民は都市部を中心として、各自の母国語と同時にギリシャ語も話すことができる二言語話者(バイリンガル)へ移行してゆき、ギリシャ語話者である事の特権性はバイリンガル話者の増加に伴って急速に薄れてゆきました。
キリスト教の誕生した頃は、アレクサンダー帝国はローマ帝国によって滅ぼされていましたが、ギリシャ語が共通語である状態は引き続き続いており、多くのユダヤ人達はアラム語(ヘブライ語)とギリシャ語の二言語話者(バイリンガル)でした。
そして、ついでに言うと、新約聖書がギリシャ語で書かれたことにより、最初期にはユダヤ人たちの民族宗教であったキリスト教は、ヘレニズム世界へ広がり世界宗教への道を進むこととなります。

同じような事情が、現在の英語の共通語化にも当てはまります。
英語が共通語になることにより、英語話者(English Speaker) は特権的な地位を得ますが、同時に英語話せる二言語話者(バイリンガル)も大量に生み出し、特権性は急速に失われてゆきます。

数え方にもよりますが、今現在、英語話者は世界に約20億人いると言われていますが、そのうち英語を母国語として話すネイティブ・スピーカーは英米を中心に約4億人だけであり、残りの16億人は英語と英語以外の母国語も話すバイリンガル(もしくはそれ以上の多言語話者)と推計されています(資料によって数字は異なりますが、ネイティブの数を大幅に上回るノン・ネイティブの存在を示す点は、どの資料も共通です)。
もちろん、英文学などネイティブ・スピーカーがノン・ネイティブに対して圧倒的に有利な分野は存在しますが、少なくとも科学技術分野においては、英語話者が有利であるものは、同時に二言語話者にとっても有利であって、ネイティブであることの優越性はほとんど存在しません。
第2次大戦終了後あたりから、各国は母国語に加え英語も話せるバイリンガル化を積極的に進めており、それがネイティブ・スピーカーを遥かに上回るノン・ネイティブ・スピーカーの数を生んでいます。

これが、今回のブログのはじめに、『対応さえ適切であれば、決して悲観的に感じる必要はない事態』と書いた根拠です。











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